1週間の幕開けはブルージュで始まった。気温は18度。雨が降りそうなどんよりとした曇り空にうすら寒ささえ感じる。
ホテルのロビーには、ベルギーでガイドをしていただく松本尚美さんが待っていた。ベルギーの男性と結婚して、ブリュッセルに住んでいるそうだ。明るくて素敵な女性である。
●マルクト広場の鐘楼がブルージュの「道案内人」
9時にホテルを出て、徒歩でホテルまでの道順を教えてもらいながら、中心地のマルクト広場にむかう。途中、映画「尼僧物語」のロケーションで使ったという白い館や、なんとかの銅像などをみながら、30分ほどで広場に到着する。広場にあるひときわ高い八角形の鐘楼は、ブルージュのどこにいても見えるそうで、迷ったらこれを目印にマルクト広場にくれば大丈夫と教えられる。
つまり、マルクト広場とホテルの位置関係を覚えておけば、道に迷うことはないわけで、だから、松本さんがホテルから広場までの道順をこまごまと詳しく説明したのだ。18人と2人がきょろきょろしながら、ぞろぞろ歩く姿は、まさに日本人の団体旅行である。
マルクト広場の鐘楼には、27トンの「組鐘」が最上部まで持ち上げられ、奏でる音色には意味があり、それにより、当時、文盲だった人たちへ各種の連絡を伝えたという。5ユーロを払えば最上部まで登らせてくれるが、しかし、366段の階段を徒歩で行かなければならない。ガイドブックには、上から見るブルージュの街の風景が最高だと書いてあったが、とてもその元気はなく、今回はパス。
マルクト広場を、レストランやみやげ物屋が囲んでいる。観光用の馬車の乗り場もあって、行ったときには、馬が4、5頭、休憩していた。時間が早いのか、まだ、客が来ていないようだ。
松本さんに一通り、歴史を教えてもらい、ブルク広場へ移動する。ここもすばらしい。聖血礼拝堂をはじめ、中世の各時代のロマネスク、ゴシック、ルネッサンスなど各様式の建物がずらりと並んでいる。最も古いものは、日本で言えば、平安時代にあたるわけで、まるで建造物の博物館である。
その後、聖母教会を見学する。聖母教会の塔は、当時のヨーロッパでは最高だった122メートルの高さを誇る。礼拝堂には、ミケランジェロ作のマリア像が展示されていた。ブルージュの街の人たちが金貨100枚を出して、商人から買ったそうだ。マリア像は、防弾ガラスできちんと保護されていた。
●運河巡りのガイドからチップをねだられる
教会を出た頃からいよいよ空模様が怪しくなり出したこともあり、スケジュールを変えて、運河巡りを楽しむことになった。20人ほどが乗りこむと満席となる小さなボートで運河をすすみ、ブルージュ市内の各名所を訪ねていく。見せ場にくると、船に乗った男性のガイドがオランダ語もしくはフランス語で説明し、テープからは日本語が流れてくる。降りるときには、テープの声が、「ガイドのためにお心付けを」とチップを求めてくる。乗り込む際に、そのことは福永さんから伝えられていたので、あらかじめ準備していた50セントをガイドに渡す。どうやら、会社からは、わずかな給料しか出ていないらしい。
船をおりて、一行はチョコレート工場へ。せまい工場に一人で働くおじさん(名前を紹介されたが、忘れた)から、チョコレートの作り方を伝授してもらう。すべて手作りでやっているらしい。ベルギーのチョコレートがおいしいのは、ヨーロッパの基準よりもさらに厳しい基準でチョコレートを作っているからだ。カカオバターの量も多く、その証拠に気温が高くなるとすぐに解けてくる。とてもとても甘くておいしい。というようなことを、おじさんは、チョコレート作りを実演しながら、熱心に語っていた。
おじさんに、ひとかけらだけ味見させてもらったが、その工場のチョコレートは、ガイドの松本さんも日本へのおみやげに持って帰ると言うくらい、とびきりおいしかった。
しかし、味がいいだけあって、値段も結構なもので、おみやげ用に最も小さな箱入りチョコを10個買ったのだが、それだけで1万円以上になった。
ところが、街のお菓子屋をのぞくと、同じくらいの大きさのものが半額以下で置いてあり、節子は、職場に配るならこれで十分だ、10個も買ってもったいないことをしたなどと言って悔やんだりした。
チョコレート工場の前でひとまず解散となった。希望する人には、ガイドの松本さんがいろいろ連れて行ってくれるとのことだったが、我々は別行動へ。
みやげ物屋をあちこちのぞくが、ブルージュの名産品であるレースは、最近は、安価な中国製のものも店先に出ているそうだが、やはり「本物」はどれもべらぼうに高価である。手の届きそうな値段のものを2、3選んで、みやげ物に買う。神戸の山本さんには、お好みのフクロウを絵柄にしたレースを選ぶ。その他、女の子のかわいらしい人形があったので、2つ買って1つはお義姉さんへのみやげにする。
●名物の馬車に乗って優雅にブルージュ市内を観光
昼食は、にぎやかな通りのピザ屋へはいる。マルガリータのピザと、ミートソースのスパゲティを注文し、「ブルージュビール」でおいしくいただく。ピザの上には、日本のようにごちゃごちゃと乗ってなく、とても素朴だが、トマトソースがぱりっとした生地に合っていておいしい。スパゲティもまずまずだ。ブルージュビールも、日本にはないフルーティな味である。
ピザ屋を出て、ふたたび店を見て歩く。レース、チョコレート、人形などなど、ブルージュの名産品をならべる店が街中にあふれている。ガイドブックに出ていたイルマばあちゃんのいるレース店を訪ねる。イルマばあちゃんは、通りに店先でレース編みの実演をしていて、すごく太っている。節子が1ユーロをイルマばあちゃんに渡して、写真をとってもいいかとたずね、彼女の了解を得て、カメラをむける。店に入ってみたが、やはり、どの商品も手作りの高価なものばかりで、とても手が出そうになく、早々に引き上げた。
ふたたびマルクト広場までもどってきて、夕食のためにガイドブックで目をつけていた店の場所を確認したあと、馬車に乗ることにした。朝と違って、多くの観光客が長い行列をつくっていて、30分ほど待って順番が回ってきた。約30分かけて市内の名所をめぐる観光馬車である。手綱をあやつる男性は、英語でゆっくりと一生懸命、古い建物や教会などの歴史や由来を教えてくれた。30ユーロを払い、礼を言って馬車を降りる。
マルクト広場のあたりを歩いて時間をつぶし、6時近くになって、お目当てのレストランにむかう。期待して入ったのに、店員たちは無愛想で、そのうえ、メニューを見ても、何を注文すればいいのかわからない。食事を楽しむ気にもなれず、結局、椅子に座っただけで外に出た。
●飛び入りで入ったレストランの料理に大満足
もう一つのお目当てのレストランを訪ねてみたが、7時からのオープンらしく、待つのもめんどうで、結局、その地下にあるレストランに飛び込んだ。
料理は、白身魚をバターで焼いて、キノコのクリームソースをかけたもので、付け合わせには、ほうれん草とマッシュポテトを混ぜ合わせたものが食べきれないほど付いていた。
オランダでもそうだったが、料理には、フライドポテトやマッシュポテトがいつもたくさんついていたが、こちらでは、ポテトが主食にあたるらしい。
ビールは、1杯目がブルージュビールで、2杯目は、ガイドブックを指さしながら、「シメイ」を頼んでみたが、残念ながら置いていないとのこと。しかたなく、別のものを注文する。
店内は、はじめは、我々2人だけだったが、時間が経つにつれ、子ども連れの客も入ってきて、20ほどの席は、ほぼ満席となった。最後にでてきたデザートのチョコ入りアイスクリームが格別においしくて、節子がたのんだプリンもびっくりするほどおいしかったそうで、ひとしきり満足して店を出た。
食事の途中、地下の入口から外を見ると、にわか雨が降ってきて心配したが、帰る頃にはすっかりやんでいて、雲の間からは青空が見えていた。しかし、椅子が濡れたオープンカフェには、当然ながら人影はなかった。
ホテルまでの帰り道、「尼僧物語」に登場する建物の前で記念撮影した。映画の最初で、オードリー・ヘップバーンがこの家を出て行くシーンでこの家が使われた。いまは、病院になっているようだ。
9時前にホテルに到着した。今日は、本当によく歩いた。そして、ブルージュの街を楽しむことができ、人々の優しさにもふれることができて最高に満足した。ただ一つ、残念だったのは、ほとんどの美術館が月曜日を休館日にしていて、数々の名画を見ることができなかったことだろう。でも、それを差し引いても、ブルージュは、いつまでも想い出に残る街となるだろう。