12月28日

コインブラからコニンブリガ遺跡、アヴェイロ、ポルトまで

 午前中はコインブラの市内観光となる。日本語を話す男性の現地ガイドがすでにホテルに到着しており、9時に出発して歩いてサンタクルス修道院までむかった。

■ コウモリが飛び交うコインブラ大学の図書館

CIMG2034 コインブラの中心地の「五月八日広場」にあるサンタクルス修道院は、ポルトガル国王のアフォンソ1世により1131年に創設された。当初はロマネスク様式だったが、16世紀にマヌエル様式に改修され、その後も18世紀末まで改築が繰り返された。ルネサンスやバロックの要素が加えられているという。

 広場には噴水があり、たくさんの人たちでにぎわっていた。ガイドさんからは、礼拝堂の壁を飾るアズレージュが見事だと聞いていたが、私たちが訪れたときはちょうどミサが始まっていて、中をゆっくりと拝見することはできなかった。修道院の隣がカフェレストランとなっていて、修道院の雰囲気を損ねないように古色蒼然としていた。

CIMG2036 広場から歩いてコインブラ大学を訪れた。1290年にポルトガル王ディニス1世によって設立された歴史ある大学だ。約2万人の学生がここで学んでいるという。ポルトガルの人口からすれば巨大な大学だ。国立大学とあって、優秀な学生ばかりが国内外から集まっており、ただし卒業するのは難しいと聞いた。クリスマスの休暇中とあって、キャンパスには学生たちの姿はまばらだった。

CIMG2040 学内には教会があり、礼拝堂の壁は美しいアズレージョで飾られていた。ここでは、結婚式も葬式もおこなわれるらしい。正面には、17世紀につくられたという大きなパイプオルガンが据え付けられていた。校舎の壁もすべてアズレージョで飾られている。

 大学の図書館が一般にも開放されていて、私たちも見学が許された。見るからに古びたおびただしい数の本が、高い天井まで届く書棚にびっしりとならべられていた。学生たちが日頃利用する新しい図書館は別のところにあるらしく、ここは、「古文書博物館」といったところだろう。ポルトガルの歴史を記した30万冊の古書は、すでにマイクロフィルムに収められているという。だとすれば、何かを調べにここを訪れる学者もほとんどいないはずだ。

CIMG2054  ガイドさんの話では、図書館の中にはコウモリが住んでいるという。コウモリたちは本に付いた虫を食べてくれるので、わざと捕獲しないそうだ。ただ、「糞害」から守るため、机などにはビニールがかけられていた。

■ 発掘「途上」のコニンブリガ遺跡

 コインブラ大学を出て、ツアー一行は、旧市街をぶらぶら歩いてあちこちを見学した。「コンフェイト」を売っている店があり、一袋1.2ユーロで買い求めた。日本の「コンペイトウ」とは、少し形が違っていたが、食べてみるととても甘いことは金平糖と変わらない。

CIMG2058 11時前に運転手のアントニオが回しておいてくれたバスに乗り込み、次の観光地であるコニンブリガの遺跡へとむかった。
ほどなくコニンブリガ遺跡に到着した。雨がぱらついていて、人影はまばらだ。古代ローマ時代の遺跡で、国内ではもっとも状態の良い遺跡とされる。ガイドさんは、ここに建物があって、あそこには人が住んでいて、などと解説はしてくれるのだが、いかんせん発掘作業が遅々としてすすんでいないそうで、理解するにはかなりの想像力が必要だった。

CIMG2056 発掘作業は休み休みやっているらしく、全体像が判明するのはまだ相当先のことと思われた。発掘された床には、小さなタイルを敷き詰めてモザイク画が描かれており、ペルシャ絨毯が敷かれているようで、これはなかなか見事だった。
 遺跡を一回りした後、こじんまりした博物館をみんなで見学して、12時すぎにバスに乗り込んで遺跡を後にした。広い遺跡だったが、結局、1時間もいなかったことになる。
 コニンブリガ遺跡の近くにあるレストランで昼食となる。

CIMG2063 メニューは、こちらでは「バカリャウ」と呼ばれる干し鱈のコロッケと、アヒル肉のピラフなどをいただく。バカリャウは多くのポルトガル料理に使われるそうで、スーパーの食品売り場などでは、丸々一匹を塩漬けにして干した鱈が山のように積まれて売っている。

 バカリャウをほぐしてジャガイモなどと混ぜてコロッケにしたものは、「パスティス・デ・バカリャウ」と言われ、ポルトガルではポピュラーな食べ物だ。揚げたてのものを食べられると思っていたら、コロッケはすでにテーブルの上に載っていて、食べると冷たかった。確かに鱈の味がしたが、やはりコロッケは揚げたてのアツアツのものを食べたかった。
 現地ガイドは午前中の半日だけの仕事らしく、レストランで私たちといっしょに食事をとり、1杯飲んでさっさと帰って行った。楽な商売だ。

■ 水郷都市アヴェイロを散策する

CIMG2084 ふたたびバスは高速道路を走り、15時にアヴェイロの街に到着した。人口7万5千人、総面積200平方㎞ほどの小さな街だ。アヴェイロ川の河口にひろがった水郷都市で、街には運河が流れている。大分市と姉妹都市だそうだ。

 街の中心にある駅の前で、若い日本人のカップルに出会った。運河沿いを歩きたいのだがどうやっていけばいいのかと訊ねられたが、いま着いたばかりでまったくわからない。そのことを伝えると、二人はガイドブックを見ながら立ち去っていった。こちらに来て日本人と会うのはロカ岬の新婚カップルにつづいて2回目で、ポルトガルに来る若い人が結構いることを意外に思ったりした。

00156_Capture  ポルトガル鉄道のアヴェイロ駅の駅舎に飾られている青いアズレージョが美しかった。トラベルセンターまで行って地図をもらい、添乗員の宮田さんに連れられてアヴェイロの大聖堂まで歩いて行った。大聖堂をゆっくり見ていたら、宮田さんにおいていかれ、入り組んだ路地を引き返す途中に道に迷いそうになった。

CIMG2079   運河にはベネチアのゴンドラとそっくりのモリセイロと呼ばれる船が浮かんでいた。ゴンドラと違うのはとてもカラフルなことだ。何色ものきれいな色で塗装されているうえ、船首にはさまざまな絵が描かれていた。ユーモアたっぷりの少しエッチな絵もあって、思わずカメラを向けた。運河のそばにはゴーカート場があり、子どもや若者たちでにぎわっていた。

00175_Capture_1 アヴェイロにいたのは40分ほどで、その後、今夜宿泊する予定になっているポルトへとむかった。ポルトへは約70㎞の距離があったが、道路がすいていたので予定した時間よりも早く到着した。

■ 人々の活気あふれる街ポルト

CIMG2091  ポルトの目抜き通りは、クリスマス休暇中とあって、ショッピングを楽しむ大勢の人々が繰り出していた。びっくりしたのは、誰もが車道を堂々と歩いていることだ。まるで歩行者天国のようなのだが、その間を、私たちの大型バスが突き進んでいく。通行している人たちは、バスが来たのが迷惑だというような顔をして、しかたなく歩道側によけていくのだった。あぶなくバスにぶつかりそうになっている人もいたが、アントニオも、クラクションを鳴らすわけでもなく、ゆっくりと人をかき分けるようにして目抜き通りをすすんでいった。

CIMG2090  事故もなくようやく今夜の宿となるグランデ・ホテル・ド・ポルト(Grande Hotel do Porto)に到着した。ポルトでもっとも人通りの多いサンタ・カタリーナ通りに面しており、由緒あるホテルのロビーに置かれているソファーや調度品も高級そうだったが、部屋は狭く、歩くとミシミシと音をたてた。ホテルの夕食までは時間があったので、ポルトの街を散歩することにした。

CIMG2088 歩道では、辻々で焼き栗を売っていた。もうもうと湯気を上げているのですぐにわかる。通りを行き交う大勢の人々は、日本なら年末セールといった店の中をのぞきながら歩いていた。
 ガイドブックで目星を付けていた、ホテルのすぐ近くにある「マジェスティック・カフェ」に入ってみた。1923年の創業という歴史あるカフェだ。店の中はほぼ満席でにぎわっていた。なんとか空いていた入口付近の席に腰かけて、ウエイターにカフェオレを二つたのんだ。それを待っている間にも、次々と人が入ってきた。

 店の中は、90年にせまる営業の歴史を感じるようなクラシックで重厚な雰囲気がただよっていた。かといって飲み物は決して高くはなく、カフェオレやカプチーノは3ユーロでおつりが来る。店内を見ると、買い物帰りの女性やおじさんたち、家族連れなど、さまざまな人たちが一息ついていた。しばらくカフェの雰囲気にひたり、外に出て通りをぶらぶらしてホテルまで引き返してきた。

CIMG2092  ホテルの中の落ち着いた感じのレストランでは、クリスマスの音楽が流れるなかでゆっくりと食事を楽しむことができた。メニューは、豚肉のソテーとじゃがいも、デザートにはプリンがひとかけら出てきた。6人がけでテーブルに着き、まず始まるのは、やはりこれまで訪ねてきた国々の話だった。上品そうなご夫婦の奥さんは、イタリアに3回も行ったそうだ。東北弁を話すご夫婦は、ご両人とも青森で学校の先生をしているらしく、旦那さんのほうは、アイスランドなどという人があまり行かない土地を訪ねるのが好みだと言った。

CIMG2097  私たちが昨年行ったスペインの話も出てきて、上品そうなご夫婦の奥さんが、プラド美術館では、現地に住む日本人ガイドに案内してもらい、そのガイドが「画家くずれ」だったそうで、とてもわかりやすかったと話した。私たちは、日本語があまりうまくない現地ガイドだったので、その話を聞いてとてもうらやましかった。美術館の見学のおもしろさは、ガイドの違いで大きく差がついてしまう。そのことは、かつてオランダとベルギーを訪ねたときに経験していた。両国では現地に住む日本人の女性ガイドに出会えて、ゴッホやフェルメール、レンブラントなどの名画の数々がいつまでも心に残る思い出となったのだった。

 話に花が咲き、ビールとワインでほろ酔い気分になったところで食事はお開きとなる。部屋に帰って10時にベッドについた。

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