8月31日・火曜日(ブルージュ→ゲント→ブリュッセル)

 ブルージュは運河に囲まれた城壁都市である。そして、城壁のなかの街全体が世界遺産に指定されている。
 運河には、随所に跳ね橋がかけてあり、船が通る際には橋を跳ね上げて、船を通す。城壁都市という性格からすれば、おそらく、昔は常時、橋が跳ね上がっていたはずだ。
 9時にホテルを出発したバスは、ちょうど船の通行にぶつかり、跳ね上がった橋に行く手をさえぎられ、大きなコンテナをいくつものせた貨物船が運河をゆっくりと行き過ぎるまで、約10分間待たなければならなかった。

 運河を通行できる船は制限されているらしく、橋があがることもあまりないそうだが、しかし、今日は、あちこちの跳ね橋があがっていて、それを見た運転手のトニーは、「今日は景気がいいよ!」と驚いていた。

●「三位一体」を描いた祭壇画「神秘の仔羊」に見入る

 高速道路を1時間ほど走り、ゲント市内にはいる。そこまでの途中の景色は、えんえんと牧草地帯ののどかな風景が続いていた。
 ゲントの旧市街地は、ブルージュと同様に世界遺産に指定されていて、聖バーフ教会や鐘楼を中心に古い中世の町並みがそのまま保存されている。中世と言っても幅は広く、日本では、弥生時代から室町幕府のころまでの時代を指すらしい。長い年月をかけて、ゴシック、バロック、ロマネスクとヨーロッパの建築様式は次々と変化を遂げていったのである。

 ひときわ高い塔を持つ聖バーフ教会には、世界の名画といわれるヤン・ファンエイクの「神秘の仔羊」が飾られている。26面からなる祭壇画は、1面が盗まれたことがあるそうだが、今は、しっかりと大きなガラスのケースに展示されていた。中央の絵には、血が吹き出る羊がいて、これがイエス・キリストを象徴しているそうである。羊の上には、聖霊の鳩、さらにその上に神がいて、父なる神、子なるイエス・キリスト、聖霊の三者は、等質で不可分であるという「三位一体」の姿を表現しているという。
 ガイドの松本さんは、この祭壇画が飾ってある部屋の外から、「イヤホンガイド」を通して、我々の耳にこれらの説明を送ってくる。その解説は、神々しくさえあった。 

ところで、祭壇画とは、中世の文盲の人たちに、聖書の教えを、絵を通して伝えようとしたものであった。だれが絵を描いても、聖母マリヤはかならず、青と赤の衣装で登場し、そのそばにはユリの花が置いてある。これらは、すべて約束事になっていて、松本さんに言わせれば、「桃太郎」のおばあさんがかならず川に洗濯に行くのと同じなのだと表現していた。
 教会を出て、ゲント市街地をめぐる。旧市街を抜けると、現代的なビルが建っていて、街中でストリートパフォーマンスでチェロを弾く若い女性を見かけた。青年が多く、若々しい街だ。ブルージュとは違うエネルギーを感じた。

●中国服を着ていたブリュッセルの「元祖・小便小僧」

 11時30分にゲントを出発した。約1時間でベルギーの首都ブリュッセルに到着する。昼食は、喫茶店と食堂と、飲み屋が一体となったようなブラッセリーでいただく。
 12時すぎというのに、人影はまばららだったが、道行く人を見ると、スーツにネクタイの男性がほとんどだ。ビジネスマンの街、大都市に来たことを感じさせる。ブリュッセルには、国際組織の本部が100以上あるとのことで、ニューヨークに次ぐ多さだという。言語はフランス語とオランダ語の併用だが、だいたいの人がフランス語を話しているそうである。
 昼食のメニューは、サラダとワーテルゾーイという、白身魚、金目鯛、鮭の3種類の魚と、ジャガイモが4つほど入ったクリームシチューのようなベルギーの食べ物である。これもおいしかったが、デザートに出てきたチョコレートケーキがとびきりうまかった。

 昼食後は、バスの車窓から市内観光をしながら、ベルギー王立古典美術館へ。ナポレオンがかつてルーブル美術館から送り込んだ数々の名画が展示されており、ルーブル美術館の分館的な存在である。ここには、ブリューゲルの「イカロスの墜落のある風景」「ベツレヘムの戸籍調査」や、ルーベンスの作品など世界の名画が展示されている。
 とくに、「イカロスの墜落」は、蝋で身体に羽をつなげたイカロスが、太陽に近づきすぎたために蝋が溶けてしまい、海に墜落してしまうと言う聖書のお話を絵にしたものだが、ガイドの松本さんは、感情を込めつつ、時代背景をふくめて丁寧に解説してくれた。
 そうした話をじっくり聞いていると、3人の「目撃者」がありながら、農作業に没頭する人たちや、盲目の羊飼いに無視されて、足をばたつかせながら頭から沈んでいくイカロスの姿が、とてもあわれに見えてきたのだった。
 ミュージアムショップでブリューゲルの絵はがき、マグネットなどを購入する。

 再びバスに乗って中心街のグラン・プラスへ。この広場も、世界遺産に登録されている。昔、職人が寝泊まりしたギルドハウスの真ん中に縦100メートル、横70メートルの大きな(グラン)広場(プラス)がひろがっていて、日本人をふくめた観光客でごった返していた。屋外には、カフェもあり、ベニスのサンマルコ広場にも似た風景だ。
 絢爛豪華に飾られたギルドハウスなどの解説を、松本さんから一通り聞いて、おなじみの小便小僧の前まで歩いていく。世界一の衣装持ちという彼は、今日は、中国服を着ていた。

 夕食までは自由行動となり、ツアーの人たちは、それぞれ買い物や見物に散らばる。ゴブラン織りのバッグを買いたい人は案内すると松本さんが言うので、節子は、何人かの女性といっしょにそちらについていく。
 そういえば、松本さんは、昨日から、ゴブラン織りの素敵なバッグをずっと持っていた。これはひょっとして、動く広告塔か。案の定、買う気がないと言っていた節子も、ガイドの松本さんの言葉にのせられたのか、1万7千円のバッグを買うこととなった。サービスのレースのブローチまでもらい、すこぶる満足した表情で店を出てきた。

●ムール貝で満腹になり、デザートに酔っぱらう?

 グランプラスの広場までもどってきて、写真を撮る。ギルドハウスの入り口には、それぞれの仕事を象徴する像が飾ってあって、樽職人は袋、射手は狼、小間物商はキツネ、船頭は角笛といった感じである。言うならば、職人のアパートのようなものだ。グランプラスの真ん中に立てば、職人の国、ベルギーを感じることができる。
 6時にグランプラスの一画にあるレストランに入り、夕食になる。メニューは、名物のムール貝で、前菜としてトマトをくり抜いて、その中に小エビをぎっしりと詰めたものが出てきたが、エビの量がハンパではなく、それが2つも皿に載っていた。

 そのあと、バケツのような入れ物に入ったムール貝が出てくる。ワイン蒸しで、セロリなどを出汁にしている。コンソメスープの味がする。ブルージュのレストランで、ムール貝の殻をハサミにして身を食べている人の姿を節子が見ていて、その食べ方を実演して隣の人に教えてあげたら、これは食べやすいと言って、みんながまねだした。
 ムール貝は食べても食べても減らない気がするほど量が多く、数えた人がいて、45個あったらしい。すべて完食したのは、私をいれてたったの2人だけだった。

 デザートはシャーベット。ところがこれがくせ者で、器の底にウォッカのような強い酒がたっぷり溜まっていて、食べすすむうちに、シャーベットというよりも、チューハイに近い味になっていった。少量でも、アルコールの量にすれば、ビールでコップ1杯分くらいにもなるかもしれない。実際、酒に弱い節子の顔がみるみるうちに赤くなっていって、心臓がどきどきしてきたと言い出す始末である。

 さすがに福永さんも一口食べて、あわてて、アルコールに弱い人は控えてくださいと大急ぎで警告を出すほどだった。しかし、なんか1杯分得したような気分になったのは、私だけだっただろうか。
 そんなドタバタのうちに食事を終えて店を出たが、まだ外の明るさは宵のうちだ。少し離れたところに停めてあったバスに乗って、「ソフィテル・ブリュッセル・トワゾン・ドール」ホテルまでむかう。すでに、福永さんがチェックインを済ませて、スーツケースも部屋まで届けてある。
 ホテルに着けば、やはり、この日も歩き疲れてバタンキューだった。

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