9月2日(水)フィレンツェ市内観光

 ロビーに集合し、7時40分にホテルを出て、歩いてフィレンツェ市内観光に出かける。出発がこんなに早いのは、「ウフィツ美術館」の8時30分の開館時間に遅れないようにするためだった。

●ルネッサンスの「実物」の名画に圧倒される

 ホテルでの朝食は、ほぼローマと同じような内容だが、どれも少しずつまずかった。とくにひどかったのがコーヒーで、飲んでみると、麦茶のような味がした。グレープフルーツジュースも、ひどく酸っぱくて、一口飲んであとは残した。時間がないので、とにかくパンを流し込んだ。
 ウフィツ美術館に到着したのは8時前だったが、予想通りすでに行列ができており、開館時間がせまるころには、私たちの後ろには、長蛇の列が作られていた。早出してきたことは正解だった。美術館には、木下さんという女性のガイドがすでに到着していた。
 ところで、「ウフィツ」とは、英語ではオフィスとなり、つまり事務所を意味する。実は、ルネッサンス時代のころ、莫大な富を築いたメディチ家の事務所を改造したのがこの美術館なのだ。ウフィツ美術館は、3階建てになっていて、古い建物にはエレベーターもなく、ひたすら階段で上までのぼりつづけなければならない。
 長い廊下には、ローマ時代の多数の遺跡が無造作に並べられていたが、おそらく、そのどれもが貴重な品々に違いない。そして、各部屋には、ルネッサンスが生みだした数々の絵画が飾られていた。
 ダビンチ、ミケランジェロ、ラファエロと、知らない人はいない有名な画家たちの絵が、所狭しと壁に掛けられていた。それらの一つ一つに引き込まれていったのは当然だが、なかでも、「ヴィーナスの誕生」を目にしたときは、思わず息を呑んでしまった。写真でしか見たことのない名画が、そこに飾られてあったのである。
 レオナルド・ダ・ヴィンチの兄弟子とされるボッティチェリが、この名画を描き上げたのは、1485年頃だそうだが、巨大な貝に乗った優美な女神は、今にでも話しかけてきそうにあざやかに生き生きと描かれていた。
 木下さんが、目を凝らすと、この絵のキャンバスに使った木の板に継ぎ目が見えることを教える。「継ぎ目があってちょっと不細工ですが、これが実物なのですから、しかたありませんね」と、いささか自信をこめて解説したのだが、私たちは、その言葉どおり、まさに、「実物」でなければ感じることのできない迫力に圧倒された。

●見かけ倒しに終わった「昭和天皇のレストラン」

 美術館を出て、その後、ドゥオモへむかう。正式名は、サンタマリア・デル・フィオーレ教会と言い、日本語にすれば、「花の聖母寺」と訳される世界的に有名な教会だ。
 教会の内部はいたって質素な作りだったが、礼拝堂の奥へすすむと現れる巨大なドームの内側に描かれた壁画は圧巻で、これには目を見張った。そこに描かれているのは、「最後の審判」で、バチカンのシスティナ礼拝堂のミケランジェロのものと同じ題材だが、それとは違った重厚さが伝わってきた。
 これらは、聖書を読めない文盲の人々に絵を通して説教をするだけに描かれたものなのだと、木下さんはこともなげに解説したが、この壁画は、何と7年間もかけて描かれたのだという。
 ところで、木下さんという人はおもしろい人で、ウフィツ美術館から見えたヴェッキオ橋を説明する際に、この橋の両側には、金細工を売る店がそれぞれ商売をしていて、もし、夫婦でいっしょに橋を渡ると、アクセサリーを買う、買わないで必ずもめて、ケンカになる。だから、「ベッキオ(別居)」橋というのだとダジャレを言ってみんなを笑わせた。
 12時すぎに、今日の昼食会場となる「ビラ・コーラ・ホテル」に着く。「昭和天皇が泊まった超高級ホテルでのランチ」が、パンフレットでうたわれた「イタ休」の目玉だっただけに、ランチとは言っても、女性も男性も少しだけドレスアップしている。
 しかし、この目玉こそ、とんでもない見かけ倒しだった。私たち一行が通されたのは、ホテルの正面玄関から入ったはいいが、あれよあれよと廊下を抜けて裏口に出てしまい、中庭のプールサイドにある小屋のような建物のレストランだったのだ。30度に近づく暑さのなかで、このホテルにバカンスで長期滞在しているらしい金持ちの外国人たちはプールで泳いだり、日光浴したりして、のんびりと過ごしている。そのすぐ脇で、私たちは、冷房もない「小屋」で、汗まみれでの最悪の昼食となった。
 おそらく、少なくないツアー参加者が、「天皇陛下」が食事をしたレストランのフルコースのランチを思い浮かべていたことだろう。しかし、その期待はみごとに裏切られた。私たちは、汗を拭き拭き、次々と出される食べ物をひたすら食べたのだった。

●あこがれのヴェネチアに到着!

 午後からは、フィレンツェを離れて、バスでヴェネチアへむかう。ツアーの中でもっとも楽しみにしていた街である。高速道路をひたすら走り、18時に今日のホテルがあるリド島に渡るフェリー乗り場に到着する。途中、事故もあって車が渋滞し、ようやく着いたという感じだった。バスの運転手の話では、車はいつになく混んでいるそうだ。あとになってわかったことだが、翌日から、リド島で国際的に有名なヴェネチア映画祭が開かれることになっていて、渋滞は、そのことと関係があったらしい。
 フェリーの上から見る夕日に輝くヴェネチアの美しさは、映画「旅情」の1シーンそのもので、ついに、はるばるヴェネチアまでやってきてしまったのだと、しみじみと感動した。だが、フェリーはあっという間にリド島の港に接岸し、再びバスに乗って19時すぎにホテルに到着した。
 ホテルでの夕食は、アサリが入ったスパゲティボンゴレと、鮭の切り身を焼いたもので、これは日本のシャケと同じ味で、テーブルにはなんとキッコーマンの醤油まで置いてあった。ただし、大味であまりおいしくなかった。ビールと白ワインをいただきながら、リド島での夕食を楽しむ。
 ホテルの部屋はとびきり広かったが、床はタイル張りで、設備もイマイチで、安いリゾートホテルといった印象だ。明日もこのホテルでの宿泊となる。過酷な「イタ急」ツアーのなかで、明日は少しだけ寝坊できるということもあり、ちょっとだけ夜更かししてベッドにはいった。

9月3日(木)ヴェネチア観光

 この日は、8時20分にホテルを出る予定となっていて、それまで時間があったので、リド島のホテル付近を散策する。ほとんど車も通らず、人の姿も見えないとても静かな街だ。たぶん、ヴェネチア映画祭が始まれば、この島も年に一度のにぎやかさにつつまれるのかもしれない。
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